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ペットと石のまちで彫刻探求

カメ


石なのに

水盤と同じ模様
Dこのようなとき、観覧する者は、多少なり鉢植えやサツキに関心はあっても、すべての人が「美的感覚」に優れているとは限らない。
「美的感覚」が優れている者は、形の大きさよりその芸術的な優れを見るであろう。
しかし、私の見るところ、半数あるいは過半数の人たちは、「芸術的微妙な点」よりも、大きさに圧倒されることが多いようである。
出展する方も然りで、鉢植えは「小鉢植え」や「豆鉢植え」の愛好者を除き、必然的に大型化へと移行してゆく。
国風展に見る大型化の傾向などもこの↓例であり、否定することはできない。
E展示会の当事者は、こうしたことへの懸念から、大きさに「枠」を設け「大型鉢植え」「中型鉢植え」「小型鉢植え」(あるいは小品鉢植え)などと分苛る。
ここまでは正しいと思う。
しかし、こうした中には、それを拡大していったとき、自然界には存在しないようなものが展示される可能陛があリ、それがこうした「分け方」の「枠」で守られるとしたら、それはある意味で「ナンセンス」である。
例えば、黒松などで、幹の直径が20pもあリ、鉢ともの重さが30sあっても、樹高が45p未満で方ったら、それは「中鉢植え」である(私も、極く少しではあるが、こうした鉢植えの製作をしているが)。
一方「文人木」で、幹の直径が1阻せいぜいであって、重さが2s程度でも、樹商が50p以上あれぱ、それは「中鉢植え」の「枠」を超えるから、「大型鉢植え」と見なされる。
これは、どうみても不合理である。
Fボクシングやレスリングなどのスポーツも、入の背丈ではなく、すべて「ウェート制」をとっている. こうした観点から、私は長年「鉢植えのウェート制」導入を提唱している。
新しい試みには、常に抵抗が付 きまとうのは習わしだが、ノウハウ はべつとして、検討くらいはしてみたらどうだろうか。
G入間.年をとるとしだいに力も衰えてきて、大きい鉢植えの取扱いは困難になる。
私の親しい鉢植え屋さんでも、「この頃、大型鉢植えを止めて、中型に移る人が増えてきた」という。

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